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今年の旅

洞爺湖サミットの報道も下火になったがその一ヶ月位前に
同ホテルに宿泊して来たので、なつかしく興味をもって見入っていた。
当時も物々しい警備がしかれていて感心をかけた。
一大イベントだったのだ。

その帰路、函館で偶然にも立寄った土方歳三、石川啄木記念館で
小栗公(小栗上野介中順)の肖像画が略歴符と共に
展示されているのに出会った。
ここになぜと感動した。
土方歳三(新撰組副長)に影響を与えた一人として紹介されていた。
奇しき縁に小栗様を埋葬する東善寺(高崎市倉渕町権田)に注進した。

今年の旅は標高のある山に登ることが多い。
日本も広いよ、厚いよ、未だ知らないことがいっぱいある。
昭和一けたの最後も七十四才になる。

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祖父

祖父が大正末期の不況のさ中、糧を求めてはるばる、
そして志ならずして客死した。

その所在が見つかったのが昭和五十年頃、
家内の夢枕に埋葬地らしき鬱蒼とした
林の中の風景がたびたび出て来て気持ち悪がったので
今市近在のお寺にその消息を電話でたずねた。

偶然、赤門の寺の住職様によって過去帳に記載されているのが発見された。

感激した。

死者の記録が又、生者のための証であることになる連綿と続く
血脈のなつかしい臭を感じ、涙した。

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社是はこの先生の考えに基づいて

佐藤一斉先生(一七七二~一八五九・江戸時代後期の儒者の著
哀敬編に
一、主祭の主意は哀敬の二字にあり
伝えに曰く

  • 『喪礼は其の哀足らずして礼余りあらんよりは礼足らずして
  • 哀余り有らんにはしかざるなり
  • 祭礼は其の敬足らずして礼余り有らんよりは礼足らずして
  • 敬余り有らんにはしかざるなり』

と。

この教えの中から抄出して社是とした。

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朝一番はこれから始める!

毎朝 心いき・心がけと称して
俗に云う社是なるものを唱和している。

四・五人のときもある。

努力している。

しないとけじめがつかないようで
一日中すっきりしない。

論語の素読の如く、解するより暗誦できるようになって
妙な節がついてきた。
文語体の心がけはあまりにも平易な言葉で抵抗なく
耳からはいってくるけれども消化しきれないような戸惑いもある。
奥深さもあるが誰でも講釈できるような奇妙なことばだ。

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最近、、

ホール二階の法宴室に300号の大作!絵画を飾ることが出来た。

榛名湖半の画家 山崎巨延 氏の作品である。
まさに真紅のレンゲツツジが『ワァー』と大声を出して我が世を賛歌している
躍動感のあるものである。音楽に譬えればマーラの交響曲第二番
「復活」を想わせるような感動が伝わってくる。
とり囲む古老の松や木々達の静かな佇まいも達観した人生をかいま見る。
その中にも移ろい行く季節の哀しさもあった。

一目ぼれだった。

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本日より

『ハイ、えぼしです』
と答えると初めの頃は怪訝そうな顔をしてそれに見合う文字を捜しているようだった。
今でもそんな場面に遭遇することがある。
『平仮名で書くんです』
と言うと安心しているようだ。

漢字で書くと「烏帽子」、えぼしとか、えぼうしとか発音できるらしい。
『本名?』と聞く人もいる。

山々が塊って競い合っているところには必ず「烏帽子岳」がある。
近くには浅間山を含む、長野県の八ヶ岳連峰の1つにもある。
有難き哉、その名に恥じない会社にしなければ。

榛名山系、烏帽子岳(標高1363メートル)頂上の直下に祠がある。
岩穴に登るようにして覗くと沢山のお稲荷さんが奉納してある、加護丸稲荷様である。
11月3日の創業祭には家族で登山して40年余りになる。
時には日柄の先取りもあるが欠かしたことがない。
頂上からの眺望は壮観である。
また、下山の折立ち寄る湖畔のセゾンド・はるなでの会食も楽しみの一つである。

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